子どもと被災地を歩く

GWに東北を旅してきました。
子どもたちと東北の海岸線を歩くのが目的でした。

震災後、ボランティアに参加できないか
考えてはみたものの
現地の状況は厳しく、子を連れて行くのは難しかったし
子を家に置いて行くこともできませんでした。

1年を過ぎて、ただ「見に行く」というのは
不謹慎なことかもしれません。
それを自覚しながらも、やはり
被災地を歩き、感じ、手を合わせて過ごした時間は
私たち一家にとって、必要だったと思いました。

今後、子どもと被災地を歩きたいという方の
参考になればと思い
私たちの通った2泊3日のルートをご紹介させて頂きます。

赤線を引いたのが、今回訪れた場所です。

20120506f

-----------------------

1日目は朝7:00に車で千葉から仙台へ向かい
10:30頃、岩沼市の海岸に着きました。

ここは、15年ほど前、私とオットが仙台に住んでいた時
オットがよく仕事で来ていた場所で
「あの工場はあの辺だった…
 あそこでよく弁当を食べたのに…」
と茫然としていました。

砂浜だったのか、住宅のあった場所も
砂地化しているようです。
その中で、根の強い植物が
花を咲かせていることに驚きました。

20120506c

仙台空港を通り、閖上(ゆりあげ)、荒浜と
車を止めては歩き、海岸を北上します。
ゆりあげでは、小高い「日和山」の碑で手を合わせます。

当たり前ですが、靴は歩ける靴が必要です。
海岸線にはトイレも飲み物もありません。
街なかに戻れば、通常通りの店があります。

有料道路を使って松島の手前の利府中で下り
稲庭うどん 瀧さわ家(利府町赤沼浜田100−83)で
昼食をとりました。
ここは、私たちが昔、松島に行く時に
よくうどんを食べたお店です。

店内は1m45cm水につかったそうですが
伝統の味を守りながら営業していました。

松島も行きたかったのですが
GWでひどく混雑していたので
引き返して塩釜へ。

塩釜には復興市場がありました。
「中山せんべい店」のかりんとうが
美味しかったです。
ご主人が、仮設店舗の中で
かりんとうを作られていました。
道具を流されてしまい、家庭用のお鍋で作っているので
こげつきやすかったり、難しいのだとおっしゃっていました。

初日は塩釜を最後に仙台に戻り
仙台で宿泊しました。

ちなみに、ガイガーカウンターを持って行ったのですが
この辺りは数値はホットスポットの千葉にくらべたら
ずっと安心だったので
ちまちま記録もしませんでした。

-----------------------

2日目は三陸自動車道を使って
もくもくランドという道の駅で
トイレなど準備を整えます。
ここから気仙沼線にそって志津川湾に向かいます。

緑豊かな田園風景が続き
すっかりドライブ気分で車を走らせていると
突如…ほんとうに、突如として
光景がかわります。

戸倉地区で私たちは長いこと立ちつくしました。
折れた堤防の、ぶ厚いコンクリートの無力さを
目の当たりにしました。

すぐ北が、志津川です。
志津川病院の前で、ボランティアの方たちが
作業をされていました。
避難場所となったと思われる山があり
その山にのぼりました。

ここからは、湾と半島が続きます。
湾が近づくと(湾には被害があるので)、胸が苦しくなります。

歌津には、復興商店街がありました。
他の地域にも仮設商店街はありましたが
歌津では、町の人たちの温かさ、強さを感じました。

私は、被災地に着いてから
それまで泣かなかったのですが
歌津のおばあちゃんが作ったという
毛糸たわしを仮設商店で見た瞬間
体じゅうが熱くなって
ぎゅっと閉じていた涙腺が、だめになってしまいました。

仮設住宅のおばあちゃんが
どんな想いでこれを編んだんだろうって。
お店の人と話していたのに、話せなくなってしまいました。

20120506a

20120506b

歌津商店街では、オットは名物のうに丼を、
私たちはラーメンを食べさせて頂きました。
オットは、地元の方々が作ったTシャツを、
私は写真集を、
ハンドメイドの作品が豊富なので
子どもたちもおこづかいで、好きなものを買いました。

歌津を北上すると、気仙沼に着きます。
気仙沼も、オットが仕事でゆかりがあり
何度も訪れた場所だっただけに
その変わりように驚きました。

気仙沼はやけに海面が高いことも気になりました。
潮や、地盤沈下や、GW中の豪雨の影響もあるのでしょう、
海面の方が道路より高いような印象さえ受けました。

今の感覚としては
東京などの人工的なウォーターフロントは
おそろしいですよ。

北に進むと、陸前高田に着きました。
陸前高田については、3月に子どもたちと
NHKの特番を見ていたので
目の前の市役所と、市民会館で起きたことが
映像として浮かんできました。

市役所と市民会館の入り口で
手を合わせましたが
お線香を持ってないことを、後悔しました。

陸前高田という地名は、テレビの報道で
何度も名前を聞いていましたが
なぜそれだけ、名前が知られることになったのか
その意味が、やっとわかりました。

こんな所に、波がくるなんて
ぜったいに思わないから。
本当に、逃げ場がないから。

子どもたちは、視線が地に近いから
よく足元を見ていました。
地面に、生活が残っています。
折れたハサミ。
子供靴の靴底。
ちぎれた、ヌイグルミ。

陸前高田を出発し、宿泊先の仙台に向かいます。
343号線から東北道へ。
けっこう距離があったので
もう少しラクをしたい場合は
仙台より近い所で、ホテルを取ると
いいかもしれません。

-----------------------

3日目は、海岸には行かず
仙台で観光しました。

仙台市太白区の「地底の森ミュージアム」には
氷河時代の地底が保存してあって
木の根がどんな風に地中を這ってるかがわかります。
それを見て、子どもたちが
「陸前高田の一本松も、こんな風に根っこが生えてるから
 流されなかったんだね」
と言うのでした。


自然はこわい。
人間は自然にまける。
だけど、根っこのある生きものになろう。

20120506e

        (2012/5/6)

«リッキーマーティン様。